2023.10.30
COLUMN
コラム
みんなが<カエル>場をつくりたいクラフトビール屋さんは、
KawazuBrewing永原康史さん
2022年4月、岡山市出石町に「Kawazu Brewing(カワズブルーイング)」(以下カワズブルーイング)がオープンしました。店舗には、飲食店スペースに醸造所が併設されており、自社醸造のビール4種・県内外6種のビールと、料理が楽しめるクラフトビール専門店です。
お店を営むのは岡山市北区にある「吉備土手下麦酒」で14年働いた経験をもつ永原康史さん。岡山でクラフトビールの面白さを発信したいと、地域のひとに愛されるお店を目指して2022年4月に独立しました。
クラフトビールといえばおしゃれなバーのようなお店を想像しがちですが、カワズブルーイングはしっかりクラフトビールを楽しみにくる常連客はもちろん、気軽にビールをテイクアウトして近隣の観光地で楽しむツーリスト、ファミレスのように夕飯を食べにくる家族連れなど、多種多様なひとたちが和気あいあいとした雰囲気の中でクラフトビールを嗜んでいます。
観光客から地元のひとまで、みんなの憩いの場であるカワズブルーイング。まちの愛されクラフトビール屋が出石町に誕生した背景には「みんなが帰る場所をつくりたい」といった永原さんの熱い思いがありました。
今回の場所
築年月日:昭和46年10月/構造:鉄筋コンクリートブロック造陸屋根3階建/延床面積: 103.49㎡
登場人物プロフィール 永原康史(ながはらやすふみ)さん
株式会社Locals Market Kawazu Brewing代表。岡山市出身。神戸の大学へ進学後、岡山市の地ビール屋「吉備土手下麦酒」で14年ほど勤務。その後独立し、2022年4月に「カワズブルーイング」をオープン。店舗の営業に加え、県内を中心にイベント出店も行う。
クラフトビールの奥深さに魅せられて
永原さんは大学卒業後、住み慣れた地元・岡山市へUターンし、叔父が営んでいた「吉備土手下麦酒」で働き始めることになります。そのときに出合ったのがクラフトビールでした。
永原さん「以前から叔父の店で取り扱いのあるビールは飲んでいましたが、実はそれがクラフトビールというジャンルだということも、種類がたくさんあるということも、吉備土手下麦酒で働き始めてから知ったんです。
クラフトビールの面白さは、つくれる『枠』の多さ。『ペールエール』や『「ヴァイツェン』など130種類もあるといわれており、原材料や製法の微量の変化でも味が違ってきます。叔父のお店は「ナノブルワリー」という業態で、多品種小ロット製造が可能でした。そんな環境でいろんなビアスタイルに挑戦していくうちに、段々とクラフトビールの面白さにハマっていきました」
こうして永原さんはつくり手の個性が出る奥深いクラフトビールの世界にのめり込んでいったそう。
永原さん「今でこそ、クラフトビールはスーパーやネットで簡単に手に入るようになりましたが、私が吉備土手下麦酒で働き始めたころは、クラフトビールを飲むというカルチャーは浸透していませんでした。だからクラフトビールを知ったとき、<ビールが苦手なお客さまの好みを見つけるお手伝いができるのでは><さらにビールを好きになってもらえるチャンスかも>という期待感がありました」
「今でこそ、クラフトビールはスーパーやネットで簡単に手に入るようになりましたが、私が吉備土手下麦酒で働き始めたころは、クラフトビールを飲むというカルチャーは浸透していませんでした。だからクラフトビールを知ったとき、<ビールが苦手なお客さまの好みを見つけるお手伝いができるのでは><さらにビールを好きになってもらえるチャンスかも>という期待感がありました」
永原さんは吉備土手下麦酒で、クラフトビールに合わせた料理を提供したり、お客さまの好みにあう品種をおすすめしたりと、クラフトビールに親しんでもらうための工夫を重ねながら勤務を続けてきました。
受け継ぎ、広げたいと思ったナノブルワリーのマインド
勤めて10年が経つ頃、永原さんに「ナノブルワリーの先駆けである吉備土手下麦酒のマインドを継承し、もっとクラフトビールの裾野を広げたい」という思いが芽生え始めます。
永原さん「クラフトビールの醍醐味は、つくり手や気候や環境の些細な変化で味が変わるところ。ナノブルワリーは、お客さんとコミュニケーションが取りやすいので、味が変化するストーリーを直接お伝えできます。味の振れ幅も含めて楽しんでもらえるから、好きになってもらうきっかけを作りやすいんです。野菜と同じで、どんなひとがどうやって作っているかを知ると、安心できたり愛着が沸いたりしますよね。吉備土手下麦酒はそんなクラフトビールにマッチしたナノブルワリーのスタイルに、本当に早い時期からチャレンジしていたお店でした」
つくり手の顔が見えて、話せることで商品を深く知り、ファンになっていく。そんなクラフトビールの広め方に共感するつくり手は多く、吉備土手下麦酒には醸造家を目指す20人以上ものひとが修行を積んできた歴史があります。
永原さん「創業当初、ナノブルワリーはもちろん、飲食店を併設した醸造所は国内にはほぼありませんでした。その中でも新しい領域を開拓する叔父の姿が純粋にかっこよかったですし、いろんなひとに受け継がれてきたこのナノブルワリーの火を消さずに、もっとまちに根付かせたいと思いました」
つくり手と醸造所がまちに増えれば、このまちでクラフトビールの裾野を広げることにもつながります。吉備土手下麦酒のマインドを継承しながら、自分たちのこだわりのビールをつくろうと思い立ち、永原さんは独立を決心します。
岡山の慣れ親しんだ場所で独立を
こうして始まった独立のための店舗探し。まず出店先の候補にあがったのは、思い出深い奉還町エリアでした。
永原さん「奉還町に高校の部活終わりによく通っていた定食屋さんがあって。あの昔ながらの下町感とディープな雰囲気が好きで、店を出すなら奉還町がいいなと思っていました」
奉還町への出店を希望し、複数の不動産業者さんに物件探しを依頼しましたが、納得できる物件には巡り会えませんでした。
永原さん「奉還町は古い物件が多く、良いと思った物件でも修理だけで1千万円近くかかることが判明し、泣く泣く諦めたんです」
醸造所をつくるには設備の条件も限られており、物件探しは難航。理想の物件が見つからず焦っていたとき、知人の紹介でヒットプラスの社員と出会います。そして案内されたのが、ヒットプラスが現在事務所を構えるビルの空きテナントでした。
永原さん「出石町も幼少期からよく訪れる場所でした。昔に比べて賑わいが減ったと感じる一方で、最近では出石町の活気を取り戻すため新しい活動も増えてきています。その様子を近くで見ていて、自分も慣れ親しんだ出石町にお店を構え、一緒に地域を盛り上げていきたいと考えるようになりました」
いまカワズブルーイングがある場所は、このまちで十数年、古着屋を営んでいたところでした。永原さん自身も吉備土手麦酒で働いていた頃から、古着屋さんへビールの配達に来たり、プライベートで足を運ぶこともあったのだそう。この物件の雰囲気を知っていた永原さんは、「ここなら<まちのひとに愛される醸造所>がつくれそう」とイメージが膨らんだのだとか。
こうして永原さんは、出石町での独立を決意しました。
出石町にクラフトビール文化の発信拠点を
<まちのひとに愛される醸造所>への実現に向けてオープン準備を進める中、その第一歩として行ったのがクラウドファンディングです。「出石町にクラフトビール店ができるぞ」という期待感から多くの支援が集まりました。
中でもリターンの「最初の一杯目のビールが無料になる半年パスポート」は地元のひとから大好評で、オープン当時、家飲みをするかのような感覚で気軽にお店を利用する姿が見られました。
永原さん「店名の<カワズ(蛙)>は、<いつでも帰る、帰れる場所>という意味を込めています。いつもあそびにきてくれる常連さんもそうですし、クラフトビールに興味を持った観光客が立ち寄ってくれて、好みのクラフトビールに出合い、楽しかったからまた帰ってきたいと思ってもらえる場所になったらうれしいです」
永原さんは、いつでも訪れたひとにおいしいクラフトビールを楽しんでもらいたいと日々のビール作りにも余念がありません。
永原さん「都心ではメジャーになりつつあるクラフトビールも、岡山ではまだまだ少数派。後楽園や岡山城などの観光地と暮らしの間のこの出石町で営業しているからこそ、岡山にクラフトビールカルチャーを発信する役割も担っていきたいです」
出石町の賑わいを取り戻すためにマルシェを開催
クラフトビールをより多くのひとに楽しんでもらうため、地域にひらけたお店作りを大切にするカワズブルーイング。岡山県の農産物を使ったビールを開発したり、岡山県立大学の学生とビールづくりを行ったりとクラフトビールに興味を持ってもらえるようさまざまなプロジェクトに取り組んでいます。
10月1日(日)に開催された「出石ENNGAWAマルシェ」では、テーマの設定から出店者のラインアップまでを永原さんが企画しました。
永原さん「今回の出石ENNGAWAマルシェのテーマは<川辺の屋台>です。自分と同じような30代から40代くらいのものづくりにこだわる仲間たちを集めました。職人気質な方が多いので、お店のひとにこだわりポイントを聞きながら、のんびりとした時間を楽しんでもらえるよう準備しました」
岡山でつながりのある同業と手を取り合い、出石町の活気を取り戻そうと奮闘中の永原さん。集結した若い力が新しいムーブメントを生み、これから出石町がどうなっていくのかが楽しみだと語ります。
永原さん「出石町はもともと商売が根付いているエリアなので、新しくお店を始めるひとにも寛容なまちだと感じます。暮らしと観光の間にある店として、地域とお店が一緒になってより良い方向に変わっていけたら嬉しいです」
今後の展望を聞いてみると、挑戦してみたいことを2つも教えてくれました。
永原さん「1つは月替わりで新しいビールを出していきたいです。2つ目はランチ営業です。プラス100円でミニビールの付いた和食の定食セットを考えています」
身近な場所にレベルの高いクラフトビール店があると、観光地を訪れた帰りや、仕事終わりにおいしいビールが飲みたくなったとき、嬉しいことがあった特別な日のお祝いなど、日常に「クラフトビールを飲む」という選択肢が生まれます。
オープンして1年半、「このまちにクラフトビール屋さんがあってよかった」という地元の方も少なくありません。岡山にクラフトビールカルチャーを広めることと、地域活性化の2軸で地元のファンを増やし続けるカワズブルーイング。出石町での永原さんの挑戦はこれからも続きます。
ヒットプラス 担当者コメント
永原さんとテナント契約したのは2021年の12月。同年8月にHITPLUS が現在のビルを丸ごと1棟転貸契約し、その1階にはしっかりと理念を持って地域に根差したお店を営むひとに入ってほしいと思っていました。わたしたちが不動産仲介をするとき「自分たちがいいと思う場所には、いち住人として自分たち自身があると嬉しいものや、好きなお店が入ってほしい」という思いがあります。特に今回の場所は、観光地からもアクセス抜群の出石町の一等地。地域によろこばれる使い方があるのではないかと考え、カワズブルーイングさんに声をかけました。オープン当初から、よく飲みに行かせてもらっていて、出石町にクラフトビール専門店ができると聞いて一番喜んでいたのは僕たちHITPLUSでした(笑)